理論知で守り、実践知で攻める マーケティングは、認知を変える「心理づくり」へ
「価値あるもの」が変容する現代、マーケティングやブランディグに必要とされるものは?
広報のプロフェッショナルを育成する、社会構想大学院大学 広報・情報研究科の四元正弘教授と、橋本純次専任講師が語り合った。
マーケティングに生じた変化
橋本:四元先生は「マーケティング」や「ブランディング」という言葉をどのように定義されているのでしょうか。
四元:マーケティングとは「価値あるものの円滑かつ迅速なやりとりを支援する」ことを指します。一方で「価値あるもの」自体が時代によって変容していて、重心が「モノ」から「個人の情報」へと移るなかで、マーケティングのあり方自体も変わっていると考えます。ブランディングはもともとマーケティングとほぼ同じ概念でした。しかし、社会が「需要過多・供給不足」から「供給過多・需要不足」にシフトし「展示場」としての市場に限界が生じるなかでよりブランディングが重視されるようになりました。「あるモノの価値が他のモノよりも高く見えなくてはならない」という状況になったわけです。だとすると、それは消費者に「これこそが私にぴったりの商品だ」と思わせる「心理づくり」ともいえます。
橋本:情報化社会において人々の嗜好や考え方が個人化していくなかで、そのような営為は困難になるか、あるいは進化を遂げていくのかという点についてはいかがでしょうか。
四元:商品がモノから情報に変わっているということはありますが、それ自体はあまり大きな変化だとは考えていません。ただし「マス・マーケティング」から「個人のマーケティング」への変化は、社会がはじめて経験する重大な事柄だったと評価できます。2010年より前の社会では「漠然としたマスに対してマスメディアを通じて投網を打つ」ことがマーケティングの基本的な方法だったわけですが、現在は「それに類似する商品を誰が買っているのか」、言い換えれば「パレート法則でいうところの『上位2割』が誰か」が特定できるようになったため、そこに絞って施策を検討できるようになりました。いわば「市場のデータ」に基づくマーケティングを超えた「カスタマーデータ・ドリブン・マーケティング」への変容が生じているわけですね。従来の広報や宣伝も不特定多数たる「マス」相手のものだったわけですが、ターゲットをピンポイントで狙えるようになったことでマーケティングの質が大きく変化していることは認識する必要があります。
橋本:個々のカスタマーのデータが活用できる状況において、ひと昔前のマス・マーケティングの成功事例はもはや参考にならないのでしょうか。
四元:参考にはなると思います。重要なことは、「コンシューマー(消費者)」がただちに「カスタマー(顧客)」になってくれるわけではないということです。カスタマーというのは「繰り返し買ってくれる消費者」のことを指すわけですから、顔の見えない一般大衆としての消費者にアプローチするもっとも初期のステップにおいては、マスメディアの活用も含めて従来のマス・マーケティングの手法は変わらず重要だと考えます。SNSなどを「セミ・マス」のメディアと捉えることも可能でしょうね。カスタマーデータ・ドリブン・マーケティングは、これらを前提として行われるものといえます。
マーケティングを学ぶ意義
橋本:四元先生がマーケティングやブランディングについて教える際に心掛けていることはありますか。
四元:知識には「理論知」と「実践知」の2種類があると考えています。前者はもちろん重要ですが、それはある種「大失敗しないための知識」であって、必ずしもビジネスの成功に結びつくとは限りません。ビジネスには差別化が必要で、そのためには後者の非教科書的な実践知が役立つわけです。「理論知で守り、実践知で攻める」というイメージですね。フィリップ・コトラーやデーヴィッド・アーカーといった第一人者の理論を押さえながら、私がこれまでに経験してきた、あるいは見聞きしてきた知識もバランスよく学んでもらうことが肝要だと思っています。
橋本:マーケターとして働く実務家が大学院で学ぶことの意義や効果についてはどのようにお考えですか。
四元:まず、一人ひとりがこれまでのマーケティングに関する経験を理論化できるという点が挙げられます。それに加えて、仕事というのは失敗と後悔の連続といえますが、様々な観点から自身の専門に関する学びを深めるなかで「過去の失敗」を「次の教訓」に昇華できることも大きな意義といえます。
橋本:広報・情報研究科では「広報のプロフェッショナル」を養成していますが、四元先生のお考えになる「広報のプロ」とはどのような人でしょうか。
四元:従来は「コマーシャルによる広告」と「パブリシティによる広報」が明確に分けられると考えられていました。ただ、この2つは「コミュニケーションによって消費者の認知を変え、消費行動を変える」という点では大きな違いがないですよね。広報は英語ではPublic Relations(広く関係をつくること)ですから、広告と広報を明確に切り分ける必要もないし、「パブリシティを使うのが広報」というように狭く捉えることも不十分です。広報のプロフェッショナルにも、あらゆるメディアを通じた情報発信によって消費者や市民の認知を自分たちにとって望ましい形に変えていく「マーケティング・コミュニケーション」の実践力が求められるのではないでしょうか。
社会構想大学院大学 オンライン説明会・個別相談のご案内
社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科のオンライン説明会・個別相談を実施しています。
オンライン説明の日程詳細・お申し込みはこちらからご確認ください。