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ウェブリスク24時

東京外大の教員たちが見せた矜持

鶴野充茂(ビーンスター 代表取締役)

ブログや掲示板、ソーシャルメディアを起点とする炎上やトラブルへの対応について事例から学びます。

イラスト/たむらかずみ

東京外大の教員たちが見せた矜持
3月上旬、東京外大のロシア語教員たちはロシアに向けた抗議声明を出し、また卒業生へ呼びかけをした。また同大は4月、ウクライナ語の無料講座を開講した。

ロシアによるウクライナ侵攻が長期化してきた。多くの人が一度は、自分に何ができるのかと考えたことがあるのではないだろうか。今回はある専門家たちの行動を紹介したい。

東京外国語大学ロシア語専攻の教員たちは3月上旬、「ロシア軍によるウクライナ侵攻に対する公開抗議声明」をネット上に公開した。また「戦争に反対するすべてのウクライナ、ロシア、その他世界中の人々を支持し、連帯していきます」と述べると同時に、「ウクライナやロシア出身の研究者や学生たち、ウクライナやロシアに係る研究者や学生たちに対する誹謗中傷や差別などの不当な行為に反対します」とした。

また教員たちは数日後、「ロシア語科・ロシア語専攻卒業生へのメッセージ」を投稿。卒業生の多くが強い衝撃を受け、深く憂慮していることと思うとし、「この戦争で傷ついた人々の苦しみに寄り添い、憎しみの連鎖を少しでも止めるために、それぞれの立場において理性と誠意をもって行動されることを願います」と結んでいる。

メッセージを発する覚悟

タイミングは2月24日に始まったロシアによる攻撃を受けて、日本や欧米資本の企業がロシアから一斉に撤退を進めている頃のことだった。ロシアやロシア語を研究テーマにしてきた人たちにとっては、決して他人事ではいられないばかりか、自らの無力さを憂い、中には肩身の狭い思いをしていた人もいたであろうことは想像に難くない。そんな中で、教員たちはネット上に連名でメッセージを出した。

当然ながら後に仕事上のリスクを生ずることも覚悟してのことだろう。この時、ロシア語コースのある大学を中心に調べたが、ネット上でこうした明確なメッセージを出している大学は、他に見当たらなかった。つまり決して簡単な決断ではなく、専門家の矜持を見た思いがした。

4月、東京外大はウクライナ語のオンライン無料講座を提供すると発表。ウクライナからの避難民を受け入れる自治体や法人の担当者向けを想定したものだった。報道によると、96人の受講希望があったという。

広報の意義を体現した取り組み

5月、東京外大ではウクライナとロシア出身者らがアートで反戦を訴える美術展が学内で始まった。「戦争に反対するすべての人々を支持し連帯していく」というメッセージをまさに体現した形だ。一連の取り組みは多くのメディアが報じ、広がりを感じさせる。

こうした社会との目に見える積極的なやりとりこそ、パブリックリレーションズそのものと思う。広報は広報部門だけが担当するものではない。むしろこの事例で刺激を受ける広報も多いのではないか。自らのイニシアチブによって情報発信し、手応えを得て関係を広げ、より大きな形にしていく。そんなコミュニケーションの重要なプロセスを改めて確認できた取り組みだ。

社会構想大学院大学 客員教授 ビーンスター 代表取締役
鶴野充茂(つるの・みつしげ)

社会構想大学院大学客員教授。日本広報学会 常任理事。米コロンビア大学院(国際広報)卒。国連機関、ソニーなどでの広報経験を経て独立、ビーンスターを設立。中小企業から国会までを舞台に幅広くコミュニケーションのプロジェクトに取り組む。著書はシリーズ60万部のベストセラー『頭のいい説明「すぐできる」コツ』(三笠書房)など多数。個人の公式サイトはhttp://tsuruno.net/

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